夜のこどもたちは夢をみる

子どもに眠りを 大人に愛を

鎖 Ⅲ


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「宗教にすがるのは弱い人間のすることだ」

「思考回路を宗教に預けて、自分の主体をもたない」

「宗教はすべてカルトだ」

「3大宗教だって発生当初は新興宗教だったんだから、

 オウムも仏教も同じだ」

 

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かつて、私もそう考えていた。

宗教を軽蔑し、宗教を嫌悪し、宗教を憎み、宗教を恨んでいた。

 

***

 

母親は、アルコールとギャンブルと異性交遊、そして新興宗教に依存していた。

仏教系の新興宗教で、そのくせ神道の儀式を行い、幹部に登用されると、死者の口寄せを主とする修行をおこなう。

教祖だったのか、一番偉い人は東北の女性らしい。幹部もことごとく女性だった。北関東支部の幹部に、母親は随分目をかけられていた。毎月数十万円を支払い、神道系のおままごとのような儀式を、その幹部じきじきに、自宅で行ってもらう。

その幹部の自宅は、関西系の家よりは短い期間だったが、私が夜預けられる候補のひとつだった。小学校低学年の頃、1年にも満たない間だったが、毎晩、その家に私は通った。

女性幹部はあまり在宅しておらず、家族構成はよくわからない。私以外にも2,3人の同年代の子供がいたり、老人が何人か泊まりこんでいたりしていたから、誰がその幹部の肉親なのか判然としなかった。ただ、幹部の娘がひとりいた。彼女は20代前半で、おそらく次の幹部候補だったのだろう、胡散臭いタイプの「善行」をする人だった。つぎのあたった服しか着ない。食事は玄米粥と岩塩のみ。洗剤は体を洗うことも含めて、近所の農家からもらった米ぬかだけ。食器は桶に水をためて洗う。

彼女はイルカと泳ぐことを唯一の趣味にしていた。

イルカと泳ぐ仲間が3,4人いた。彼らは彼女の部屋、といってその家にはドアがなかったのだが、そこに集って、ジャングルジムのような、正四面体の骨組みの中で瞑想をした。

イルカと泳ぐには完璧な精神の浄化が準備として必要だ、と彼らは話した。イルカは頭がよく、こちらの不純な思いはすべて瞬時に伝わり、イルカは逃げてしまうし、イルカは傷つくし、逃げた先で死んでしまうのだ、と。不純な思いを清めるために、いくつかの儀式が行われていた。

涙ながらの「不純な思い」の告白、児童用ビニルプール、氷水、短い木刀。告白したものはプールに入って打たれる。そして幹部の娘に抱きしめられ、許される。

子供がときどきそこに連れて行かれる。私も何度か連れて行かれた。そして何度も「告白」をし、泣いた。首筋や頭や背中や腰を木刀で打たれた。

一度、一緒にその児童用ビニルプールに入って、一緒に告白をし、一緒に打たれた男の子がいた。手足が長く、色が白く、私は彼に読書の話をして、彼はそれを聞いてくれた。小児喘息で、知能が低いのだ、と説明されたし、いまだにそう認識しているが、それでも、読書に関しての話をはじめて聞いてくれた同年代の子供だったのだから、きっと彼の知能に問題はなかったのかもしれない。

彼は体が弱く、私の隣で、一緒に氷水をかけられたとき、唇が青い、黒い紫がかった色になっているのを横目で見ていた。

彼が何を告白したのか、まったく覚えていない。私も何かを告白した。私がまず打たれ、泣いているうちに、彼が打たれた。

すぐ隣で、その瞬間、彼が死んだのがわかった。

打ったものたちが、一瞬遅れて静まったのだけれど、私がまずわかった。感じた。空気がかわった瞬間。空気が、「死」に切り替わる瞬間。生がいきなり断ち切られる瞬間。

 

***

 

昔、犬を飼っていた。

白い、優しい犬だった。

散歩中、犬が小雀を見つけ、ぱっと噛んだことがある。

すぐに奪い取ったが、内臓がはみ出していて、酷く苦しんでいた。

小雀を殺してあげなくては、と迷った。

でもすぐに、断末魔をあげて、小雀は手の中で死んだ。

その瞬間の空気の変化。

 

***

 

 

そのさき、その新興宗教にかかわる記憶は、あまり私を傷つけていない。

違う。

私は、それ以上をまだ、思い出していない。