「やりなおせる?」
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時間は巻き戻せないけれど、やり直せないことなんて、なにもないよ。
そんな風に、失敗してしまった、取り返しがつかない、と泣き崩れる人に、繰り返し言っていた。
やり直せないことなんか、ないんだろうか?
ほんとうに?
***
サルの調教師の話を、聞いたことがある。
サルと調教師とは、互いに、深いふかい「信頼関係」で結びつく。
調教師が遠くで怪我をすればサルは餌を食べず、
サルが死ぬと、心を病んでしまう調教師も少なくない。
一声を出せば、互いの気持ちがわかる。
以心伝心。
そして、調教の最後、調教師はサルを、徹底的に痛めつける。
腕をつかんで振り回し、壁や床に容赦なく叩きつけ、頭を蹴り、腹を殴り、頬をひっぱたく。
徹底的に、サルが死ぬのではないか、というほどに、圧倒的な暴力を行使する。
理由はサルにもわからない。
ただ、「時期がきたから」。
サルは、不条理な暴力への恐怖から、一生調教師にはむかわない。
それができない調教師は、結局サルにかまれて、あるいは観客を怪我させて、サルを安楽死に向わせる。
***
タブーの多い子供時代を生きた。
「泣くな」
破れば、こうなる。
「怒るな」
破れば、こうなる。
「食うな」
破れば、こうなる。
「眠るな」
破れば、。
私は泣かず怒らず、食わず眠らぬ子になった。
それが生きる術だった、唯一の。
脳の深部(大脳新皮質よりずっと奥)に刻まれた暴力への恐怖は、
衰えない。
心底、生きててごめん、と思う。
そういう夜がある。
生きててごめん。
生きててごめんなさい。
生まれてきて、ごめん。
生まれてきて、ごめんなさい。
生まれてきてごめんなさい。
***
今夏、脳の中心を巣食うそれらタブーを打ち壊すように、
いろいろなことをさせてもらった。
かき氷、
花火、
夏祭り。
「愛されること」。
それは無意味だ、と主治医に斬られたけど。
そんな儀式に、意味はない、と。
かつての飢餓で傷つけられた脳の奥は、
今の慰撫なんか届かないのだ、と。
あきらめなさい。
そう言った。
君は、普通は子供時代にみんなが得られるもののほとんどを、得ることができなかった。
そのことは悲しい、つらい、ひどいことなんだ。
「みんなつらいんだから」
そんな風に目を背けるな、と。
「君は、ひどい目にあったんだ」
そう、強く言った。
***
「P . S. アイラブユー」という映画。
理由あって、好き、といえない時期が続いたけど。
好きです。
ずっとボンヤリ好きだけど、
好きな理由が、変わった。
主人公への「手紙」に、
「君は僕のすべてだけど、僕は君のすべてじゃない」
というようなことが書かれている。
すねてたりするんじゃなくて、これ、真実だなって、わかる。今なら。
失ったものを、忘れる必要はない。
失ったものを失ったことを、抱いたまま、前を向くんだ。
そういう、メッセージ。
「ボクを忘れて」
そんな少女の台詞で泣いたことがあったけど、
「僕を忘れないで」
そう、今なら言える。
僕を忘れないで。
でも、ちゃんと、君の人生を生きて。
***
やり直せる?
答えは、ノー。
やり直せない。
ぼくらは、何も、やり直せない。
だけど、始められる。
僕らは、なにもかもを、はじめられる。
今から。
痛みを、抱えたままで。